読了本ストッカー:戦国版『日の名残り』……『本覚坊遺文』

本覚坊遺文 (講談社文庫)


井上靖


講談社文庫


2008/4/16読了。


いつも拝見しているブログ「日曜の黄昏は夢を紙くずに変えてゆく」のさっとさんのエントリで知った本書。早速入手し、読了しました。


茶人千利休の死後、隠遁生活を送る弟子の本覚坊。とはいえ、本覚坊自身は時代を代表するような茶人、というわけではありません。利休の傍近くに仕え、その心を間近で見、そして死後は延々と(30年も!)利休の死の意味について考え続けています。実在の人物のようですが、〈 本覚坊遺文 〉という書物は井上氏の創作。



私は三井寺の末寺に育ちましたが、三十一歳の時、ふとした縁から師利休のお傍に侍するようになり、それからずっと茶の湯の裏方のような役を勤めさせて頂き、かたわら師のお傍で直き直き茶の訓えも受けて参りましたが、四十歳の時、師のあの賜死事件を迎えました。そのようなわけで茶の修行をしたと申しましても、茶人とか茶湯者と言うにはまだまだ遠く、筋の通った茶事に顔を出したことも、そう多いとは言えません。それでも師の身辺のお世話をしたり、茶事の手伝いなどをしておりましたお陰で、世の表舞台に立って綺羅星のように輝いていらっしゃる方々からも、時には本覚坊とか、三井寺の本覚坊とか、親しくお声もかけて頂き、たまには茶事のお招きも受けたりして、何かと目をかけて頂いて参りました。


こう読むと何かを思い出します。そうカズオ・イシグロの『日の名残り』の主人公、スティーブンスの語り口です。とはいえ二章に入ると四章までは独白体ではなく日記体に移るので、印象は異なりますが。
貴族が没落した後、裕福なアメリカ人に仕えることに違和感を抱くスティーブンスと、利休亡き後、変わっていく、いかざるをえない平和な世の茶の世界に背を向ける本覚坊。なんとなく重なりました。
そう考えると・・・本覚坊の〈 語り 〉もどこまで真実なのか、とか考えちゃったりして(深読み)。



実在してはいたが、本覚坊は利休をめぐる重大な事件には少しもかかわっていなかった。それでいて、天正十八年九月二十三日朝の茶会では、亭主が利休、客が本覚坊という「一亭一客」の関係さえ成立していた。


というような不思議な立ち位置の本覚坊。本当にどんな人物だったんでしょうね。


たしか実家に三浦綾子の『千利休とその妻たち〈上〉 (新潮文庫)』があったはずなので(今、検索したら新潮文庫に入っているんですねぇ)こっちも読んでみようかなぁ。