読了本ストッカー:日本最強のいたずらっ子、石黒達昌!……『人喰い病』


人喰い病


石黒達昌  ハルキ文庫


2007/6/28読了。


記述師のオールタイムフェイバリットSFのひとつ『平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、』(文庫化&続編はハルキ文庫の『新化』)の著者、石黒達昌氏の作品。『平成3年~』は図版や写真がてんこ盛りの論文スタイルの奇想SFだったのですが、本作でも論文調、報告調の作品が多く、とても石黒氏らしさが出ている短篇集となっていました。



「雪女」
・・・1997年、八甲田山雪中行軍の犠牲者の検死報告(またタイムリーだなぁ)などと一緒に、戦時中旭川の陸軍第7師団に軍医として勤務していた柚木弘法の診療日誌が、旧陸軍図書館から発見されます。そこには1926年に北海道で見つけられた「体質性低体温症」の女性の治療の記録が記されていたのです。ホラーなスタートですが、見事なバランスを保って着地する物語です。


「人喰い病」
・・・本編も医師による報告調が採られています。なんといっても淡々とした記述が逆に気持ち悪さを高めます。潰瘍により全身が真っ赤にただれ、“人間としての態をとどめないほどどろどろに融け”る奇病が発生。皮膚科の臨床医である“私”がその治療法を求めて研究を進めるのですが・・・。



感染症の原因ウイルスや細菌は、それに感染する個体がなければ生きながらえていけないわけで、自分の生存を危うくするほど貪欲に宿主を殺さない」という川田流の解釈については、私は懐疑的で、「生物学の理論と呼ばれるものはあらかた事実に対して後付けされたもので一見もっともらしい遺伝子生物学もその本質においてはご都合主義的な博物論とそう変わるところはないのかもしれない」と自分の考えを述べたことを覚えている。


生物学的事実に人間から見た理論付けを行うことになんとなくの危機を感じる。意思と分離不能な人間という動物が、勝手に自然の摂理というものを仮定し、自然回帰するという名目で自然の誘導を行うところに出現するのがどういう世界なのか、私はそんなことを考えていた。


などというところに作者の考えがなんとなく見える感じがします。


「水蛇」
・・・本書に繰り返し出てくる不老不死というモチーフが一番端的に現れている作品。不老不死といっても、クローン的なものですが。あと自分と同じ組成のものを食すという意味でのカニバリズム(人間以外には言わない?)も繰り返し出てきますね。



これは種の繁栄という生物学の法則に反するのではないか? もっとも自分がなんとなく生物学の法則と思っているものが本当に法則なのかどうか疑問がないわけではない。(中略)生存に有利なもののみが生きているというのは原因ではなく結果としてそうなっているだけのことで、事実が法則に支配されているわけではなく法則が事実を後追いしているだけのことに過ぎない。だから、生存に不利な個体を生み出す生き物がいたとして、そしてそれがたまたま特殊な状況下で生き残っていたとしても、それはそれでいいのかもしれない。生物学が遺伝子暗号を使った物理学に厳密に従い、全ての生物の行為が予定調和的である必要はないのだ。


これも「人喰い病」でも書いたように、何度も出てくる考え方です。


「蜂」
・・・こわっ!これは怖い! ある日突然蜂に付きまとわれるようになってしまった男の話。何かSF的な事件に巻き込まれているのか? それとも精神を病んでいるのか? はたまた“蜂”というのは何かの比喩なのか?「自分は決しておかしくなっているわけではない」と意識していながら、変な行動をしてしまって「回りからおかしく思われているんじゃないだろうか?」と考えたりするところが、よっぱらいの心理学みたいで(?)かなり怖いです。


以上4篇の短篇集でした。相変わらず面白いです、石黒氏。しかし絶版の模様。そうとう面白いと思うんですが。本書はSFというより、メタフィクションといったほうが良いのか。カテゴリを迷うところです。そういえば『本の雑誌』かなにかで読んだのですが、『鉄塔 武蔵野線』が完全版みたいになって発売されるみたいですね。石黒氏の作品もとてもタッチが似ていると思うんですが。一緒に復刊してくれないかなぁ。