読了本ストッカー:コリン・ウィルソン版『脳男』……『賢者の石』

賢者の石 (創元推理文庫 641-1)


コリン・ウィルソン


創元推理文庫


2008/7/25読了。


 


わたくし、<クトゥルー神話>ものは、原典をすべて読んでからに読むことにしようと思っていまして、『邪神帝国 (ハヤカワ文庫JA)』とか『妖神グルメ』とか『崑央の女王』とかいろいろフライングもあるものの、意識的に積読状態にしていたんですが・・・しまった!また禁を破ってしまった!なぜかコリン・ウィルソンの<クトゥルーもの>は『精神寄生体 (学研M文庫)』だけだと思っていたんだよなあ・・・。というわけで<クトゥルーもの>ど真ん中でした。


不老長寿の秘密を求める主人公のハワード。大学にいくわけでもなく独学で研究をしています。前半はなんというか・・・教養小説のよう。



と、だしぬけに、一閃の雷光のように、鋭い認識が心の中にひらめいた。(中略)そうだったんだ、もちろん!これこそ十九世紀という時代すべての意味なのだ。(中略)これは火をみるより明らかな事実だ。ロマン主義者たちは人間の進化における次の段階を代表しているのである。


とかね、この主人公、いつも唐突に気がつくなあ・・・。それはそれで面白いのですが、心理学者であるリトルウェイと臨床試験を開始するあたりから、がぜん面白くなってきます。石黒達昌氏の諸作のよう。


前頭前部葉に施術し、ニューマン合金という金属を投入することにより、過去を内視することができるようになります。シェイクスピアの正体を探ったり、ポルターガイスト事件を解決(してないけど)したりとか、本筋以外の部分にもやたら興味を示し、手を出します。本筋はどこへ・・・。



   玄武岩の小像の問題(本筋です!)に私が数ヶ月で立ち戻らなかったのは、妙なことだと思われるかもしれない。が、それは、私が実に多くの他の事柄に熱中していたためである。(中略)それに、何と言っても、先を急ぐ必要はないと感じられたことが大きな理由であった。玄武岩像の問題は、来年か再来年にでもあらためて取り組めばよい、ぐらいに考えていたのである。


こらこら。まあ長寿だからねぇ。
<そこに居あわせた人には及びもつかぬくらいよく私は私自身の心の深部――意志と知覚を意識下で司っている全機構――を意識している者>となった主人公。まるで『脳男』。


また養老孟司氏の『脳の見方』に出てきた、オランダの解剖学者ボルクのハワードがいうところの<幼態成熟理論>という説が出てきます。お~奇遇ですなあ。『脳の見方』を読んで「これ、SFに使えるなあ」と思っていたんですが、すでに使っていたか、ウィルソン。


<ヴァチカン写本><ヴォイニッチ原稿>など伝奇キーワードがでてきて、最後半はラヴクラフト世界へ突入しますが、<古きものども>との距離感が記述師好み。このしゃべったりしないとこがいいんだよなあ。


なぜ<古きものども>たちは自分で働かないのか?(そんなに力が余っているんだったら、自分で起きろよ)的ツッコミにも答えを用意していますし。面白かったです。このわけのわからなさに五つ星!


見返しの登場人物一覧では、主人公の名前が<ハワード・レスター>となっているのですが、途中で「ニューマン君」と呼びかけられる場面があります。その後養子に入ったりするのかなあと思っていたんですが、そのまま物語は終了。検索してみると、「イギリス版の初版のカバーでは間違ってハワード・ニューマンと書かれている」との記述が(colwikiより)。まあ何が正しいのかは、わかりませんが。


本書にはあまり関係ないのですが、閑話休題
訳者中村保男氏による解説に、本書と比較する対象としてバラードの『燃える世界 (創元SF文庫)』が挙げられています。



そこ(『燃える世界』)では、砂漠と化した世界があくまでも自分とは無縁のものとして眺められているにすぎず、『賢者の石』の場合のように、見る者と見られるもののあいだに“交流”がない。内的世界と外的世界が主人公の目という一点で接しているに過ぎなかった。これはまさに個別化の涯てにくる自己閉塞の極北であり、もはやそこには積極的な肯定はおろか、否定さえもなく、あるのは主人公の目にうつった情景でしかなかった。バラードは、彼が観じた(原文ママ)無感動的な現代知識人の典型像を―――おそらくは自画像を―――描くために世界の砂漠化という設定を必要としたのであろう。(この観点から言えば『燃える世界』は主人公の内面世界そのものの投影だったと言える)。


なんだかエヴァンゲリオンの解説みたい。昭和46年の解説なのに!巻末に<笠井潔が選んだベスト5 創元推理文庫&創元SF文庫>が掲載されています。













本格ミステリを省いているとのこと。本書は、笠井氏が1位に挙げているのもわかるできばえ。