読了本ストッカー:荒山徹作品を読むだけでも買う価値あり!……『伝奇城』

伝奇城


2/19読了。


朝松健、えとう乱星両氏による伝奇時代小説アンソロジーです。
記述師は普段アンソロジーは買わないのですが、本書を古本屋で手にとったとき、伝奇に関する評論や「伝奇時代小説年表」、編者両氏による「伝奇放談」などが見えたので即購入。半村良氏や高橋克彦氏などなど読んでいこうと思っていたところだったのでガイドブックとしてもいいと思いました。


蛇足ですが、各短編の頭に作者紹介の文章があるのですが、ネタバレしてるものもありますので、読まないほうが身のためです。


 「影打ち/えとう乱星」・・・編者自らの一作です。暗君の命により真剣での勝負に挑むことになった二人の剣士。一方には新婚の妻がいます。通常の(?)時代小説では涙涙の物語になるとこですが・・・そこは伝奇。名刀の影打ちを巡る物語も絡んで面白い一作です。剣士の一人、成瀬兵馬と剣の師である榊原一心の会話が心に残ります。


「よいか、死に意味などないぞ」
「そうでしょうか」
「うまれたばかりの赤子が死ぬのと、九十歳まで生きた年寄の死と、何が違う」
「それは違います。九十まで生きた者はその間に何事かを成したはずです」
「それは生きてきた意味ということだな。赤子の死との比較ではない。死というものは元来突然やって来るでな、意味など考えている余裕などないものよ。何も溝呂木の為にお前が死んでやることはないのだ。相手に恋女房がいようがいまいが、死ぬこととは何も関わりがない。意味を求めず、ただ無心に立ち向かえば良いのだ」


「異聞胸算用/平山夢明」・・・2006年の「このミス」第1位を『独白するユニバーサル横メルカトル』で獲得した平山夢明氏の作品。「福禄童を買い請けんとせむ事」「けだもの指南」「妖産記」「石箱を拾うの事」の4編を収めた怪談となっています。


「笑ひ猿/飯野文彦」・・・タイムリーに(?)武田信玄山本勘助らが登場する作品ですが、う~ん・・・。まあ伝奇時代小説処女作ということで。


「サムライ・ザ・リッパー/芦川淳一」・・・でた、平賀源内。さらに杉田玄白。ま、江戸伝奇といえばこの人たちですよね。“サムライ・ザ・リッパー”というわりには、殺害人数が少ないけど。


「伝奇城異聞/山田正紀」・・・山田正紀氏の作品ということで期待大だったのですが、伝奇小説についてのエッセイでした。主人公たちが“非日常性”に向かって上昇していく半村良、逆に“非日常性”に向かって下降していく五木寛之(『戒厳令の夜』って伝奇小説だったんですね、知らんかった)、“日常性”と“非日常性”を併置し、“非日常性”(この場合は主人公の忌むべき過去など)は“すくそこに迫っているもの”として描いた松本清張。そして現代の“伝奇”とは?続きの読みたいエッセイでした。


「五瓶劇場 けいせい伝奇城/芦辺拓」・・・大阪の芝居作者・並木五八の物語。芝居が出てきたので、小林氏の傑作伝奇(?)『カブキの日』みたいになるかと思いましたが、ちょっと違いました。しかし超常現象は起こらなくても素晴らしい“伝奇”は書けるのだということを示してくれた作品でした。次のセリフがすべてを表しています。


「実は虚となり、虚は実となる・・・わしら作者は、ときにこの世のことを舞台の上に写し取り、一方では筆まかせにでたらめを書き飛ばしもするが、しかし決してそれだけやない。わしらのこの筆先に力がこもるとき、ときに事実を生み出すこともある。あとの一切はご見物衆のお心任せ。そない思たら、何と恐ろしい仕事やないか、そうして何と面白い仕事やないかいな」


「邪鬼/稲葉稔」・・・田沼意次の息子・意知に復讐を図る、オランダ商館長の奴隷イーサクの物語です。意知の行動は史実なんですかね?勉強不足で知らないんですけど。


「阿蘭殺し/井上雅彦」・・・でたっ井上雅彦!しかもシーボルト!それにしても長崎関連の題材が続きますね。江戸時代にエキゾチックな伝奇を絡ませると、どうしても唯一の玄関口長崎が必要なのかなぁ。それ以外だと、怪談話にするか、山人系(?)にしちゃうか・・・なのでしょうか?どれも好きなんですけどね。それにしても余裕の筆致。「モルグ街」的ミステリと思わせて筆に宿る魔も描きます。『日本妖怪記(ファンタズマ・ヤポニカ)』まで出てくるし。


「秘法燕返し/朝松健」・・・編者自らによる作品。朝松作品で時代ものといえば、室町か立川流というイメージだったのですが、本作は佐々木小次郎を主人公とした、ど真ん中直球の剣豪小説。


「蘇生剣/楠木誠一郎」・・・やっぱり伝奇と言えば明治ですよね?しかも藤田五郎!ラストは『帝都物語』か?


「柳と燕―暴君最期の日/荒山徹」・・・待ってました荒山徹!時代伝奇といえば何時代を題材に採るか、もしくは秘術の出所を南蛮か大陸かと考えがちですが、荒山氏は朝鮮という未開拓の分野を切り開いたと言えましょう。最近『十兵衛両断』を入手。
「柳と燕―暴君最期の日」これぞ伝奇なり!“しげなが”って誰や?って感じでしたが・・・知らんかった!
「黒鍬忍者の密訴」爆笑の結末!あっさりとしたラストが素晴らしい!
「其ノ一日」本当にすごいな、荒山徹!こんな短い文章のなかに・・・。


「評論 闇を穿つ想像力―伝奇という方法論/末國善己」・・・個人的に興味深いのは「4 〈天皇〉という問題―司馬遼太郎から隆慶一郎へと至る道」。司馬遼太郎氏の作品は『梟の城』『ペルシャの幻術師』『果心居士の幻術』あたりを読んでみようと思っているんですが。


「伝奇時代小説年表/三田主水・監修」・・・なんでこんな中途半端なとこから始まってるのか。ブックガイドとしては特に使えませんでした。


「伝奇放談/朝松健 えとう乱星」・・・まさに放談。もっと建設的な会話を求めてたんですが。


 というわけで、伝奇小説のガイドブックとして利用しようとした記述師の目論見はあえなく崩れてしまいました。編者両氏は「売れたら続刊」と意気込んでいましたが・・・売れなかった様子。しかし荒山徹氏の作品が読めただけでも満足!それだけで五つ星です。