読了本ストッカー:傑作伝奇ミステリ……『倫敦暗殺塔』

倫敦暗殺塔 (祥伝社文庫)倫敦暗殺塔 (祥伝社文庫)
著者:高橋 克彦
販売元:祥伝社
発売日:2006-12


 


 


2009/4/27読了。


もちろんミステリなんですけど、伝奇小説としてカテゴリわけしました。ミステリ的なトリックはもちろんなんですが、なんといっても伝奇的仕掛がよかったですし。


舞台は1885年、ジャポニズムに沸くロンドン。オランダ人タンナケルによって<日本人村>が立ち上げられます。そこは職人芸や舞など日本文化に触れることができるという触れ込みでしたが、現実には明治維新に敗れ、食いつめた人間たちがただ同然の劣悪な環境でこき使われている悲惨な職場なのでした。


そこで起きた日本人武官の殺人事件。通訳として日本人村に勤める村上剛が、イラストレイテッド・ロンドン・ニュース誌記者のチャールズ・ホープ、美術学生のエンマ・オルツィ、スコットランドヤードのシッケ巡査部長とともに、真相を探ります。


殺人事件の謎と、日本の国としての体面を重んじるはずの日本政府が、なぜ日本人村のように嘲笑されるような対象を捨て置いたのかという謎が絡み、見事な伝奇小説となっています。


ミステリとしても、死体のポケットに入っていた暗号とかダイイングメッセージとか盛りだくさん。特に、暗号は普通の知識では絶対に解けないと思われます(笑)。すごいよ、本当に!コナン・ドイルとかも出てきて、伝奇的にも盛り上げます。密偵の正体もなんとなくわかりますが、よく練ってあります。井上馨伊藤博文山縣有朋という明治の元勲たちが銀座で牛鍋をつつく様なんて面白いスギ。


若干ネタバレになるかもしれませんが、中盤から重要な役割を持って登場する末松謙澄って、調べてみると長山靖生氏の『偽史冒険世界カルト本の百年』にも登場していました。なんと<義経=ジンギスカン説>の根拠となっている論文をイギリス人のふりをして発表した人物こそが、末松謙澄なんですね!高橋氏の諸作を考えると、どうやらそっち方面(笑)からの登場じゃないかと思われますね。


現実の世界で国威発揚のために、日本人の偉大さを嘘をついてまでアピールしようとした末松。それがナショナリズムに行き着くとどうなるか、今の我々はよく知っているわけですが、あとがきに本書が生まれたきっかけとして『1885年ロンドン日本人村』という書籍が挙げられています。<日本人村>という存在自体、全然知りませんでしたが、日本人とは、日本人の誇りとは、といった論が再三問われますが、ここが高橋氏の原点なのかもしれません。視点がクルクル変わるのが、記述師的には引っかかりますが、まあ些細なこと。面白かったです、ほんと。