読了本ストッカー:伝奇小説の王道です!……『梟の城』

梟の城


司馬遼太郎  新潮文庫


2007/3/22読了。



図らずも(?)『五右衛門妖戦記』に引き続いて、秀吉暗殺を狙う人間(もはや人間じゃないという意見もありますが)を描いた伝奇時代小説。


山田風太郎の『甲賀忍法帖』と同時期に発売され、忍者ブームの先駆けとなった本書ですが、やはり「忍者」の設定がポイントだと思います。例えば、ヒロイン格の木さるというくノ一に関するこんな記述・・・



この女の本心がどこにあるのかわからない。(中略)乱波の練術は、心を自然に漂わせて下界の事象に反応するままに放置する。三歳のときから練術をうけた木さるは、ついにみずからでさえおのれの本心をつかめなくなっているのであろう。いわば、あどけない化生のようなものになりはてているのである。


“あどけない化生”って・・・怖い。本書の忍者にかんする記述で出色だと感じるのはこういうところ。ただの異能者としての忍者や、自らの命や金銭を何よりも重要視する忍者ならたくさん描かれていますが、「自らの心さえ掴めない」忍者ってなかなかないのでは?主要な登場人物のすべてが、その時々の状況に、感情ではなく対応するため、恋していても殺し合ったりとか、すごいことになっています。主人公の重蔵にしても・・・



「さあどうかな。詐略であるか、ないか、わしでさえわからぬ。わしは幼い頃から忍者の修行をした。おかげで、わしの心の中には幾通りもの人間が別々に生き、別々に考え、別々な口を利く。(中略)しかしそのためにおのれというものを失うた。みかけてのとおり、重蔵の体があるだけじゃ。しかしその体は、心中のさまざまな人物のための仮の宿にすぎぬというのが、忍者じゃ。体に棲む人物のうち、どれが葛籠重蔵そのものであるか、わしにもわからぬ。あるいはそんな人物は居らぬかもしれぬ。居らぬ人物の本心を申せというのは、ちと難題であろう、ではないか?」


というんだから・・・。


あまり予備知識のないまま読んだのが幸いして、ラストでは驚くことができました。さらに「伊賀国一ノ宮敢国神社の社家の口碑として古くから伝わっている。」と結ぶことで伝奇小説としてもナイスランディング。ちょっと検索してみましたが、一ノ宮敢国神社ってもちろん実在しました。こういうちょっとした記述が伝奇ファンの心をくすぐるんですよね~。


眼福でございました。五つ星。 司馬氏の伝奇小説として名高い『ペルシャの幻術師』『果心居士の幻術』もぜひ読みたいです。