読了本ストッカー:言語SF?始めに言葉ありき……『西行花伝』辻邦生/新潮文庫

西行花伝 (新潮文庫)
辻 邦生
新潮社
1999-06-30


2017/12/14読了。

円位上人、西行法師の弟子であった藤原秋実を語り手に、西行の一生を経巡る一冊です。

といっても秋実はインタビュアーであり、西行の弟子でありながら、生前は西行の考えや感じていることに思いを巡らせることはできていませんでした。
秋実はその師の死後、さまざまな人びとに西行についての話を聞くことで、西行を再現しようとするのです。

「一の帖」では、西行の幼少期に乳母を務めたのちの蓮照尼こと葛の葉が語り手です。
「二の帖」では、突然西行を弟のように可愛がっていた佐藤憲康の霊を、陰陽師に降霊させて若き日の西行について聴きます。
「三の帖」では、秋実が憲康と義清の親友である鎌倉二郎季正(出家して西住上人)の庵を訪ね、若き日の西行について話を聞いたことを思い出します。

このように「二十一の帖」まで合計22の章がありますが、後半になると西行自身が秋実に語り聞かせる章もでてくるようになります。

私の中の西行のイメージといえば、待賢門院との恋に破れ、出家した藤木直人(笑)というものでしたが、本書の西行は違います。
それも確かに西行の一部ではありますが、秋実が何度も何度も書くように、世を儚み、現実を捨てて出家したわけではなく、「虚空の土台を歌でしっかりと作るため」出家し、歌人となります。
「ちょうど堂塔を建てるとき、ますがっしりとした土台を築きますが、私が歌を詠むのは、滅びることのない意味をこの世に与え、この世を滅びから救うことではないか、と思えたのでございます」
西行は世の中の力を「見える力」と「見えない力」、「武力」と「権能」でできていると考えます。どちらも必要。
だから崇徳院が謀反を起こしたときも、全力でその軽挙を諫め、こと敗れたあとも、院の配流を防ぐべく全政治力を尽くし、事に当たります。かつ、崇徳院の心の平穏のために、歌による救済も進めます。
人々が現実の世界で苦しむ中、自分だけ遁世し、風流に遊んで何の意味があるでしょう。西行は歌で世界を作るべく、全力を尽くします。

しかし西行は、世を捨て風流の世界で歌を詠む歌人たちをもまた、決して否定しません。
そう考えると、西行の理想は現代日本の理想でもあるのかもしれません。
様々な価値観を認め、決して否定しない。理想に走らず、現実の権力をも身のうちに取り込む。

世をありのままに。すべてを言葉で統括しようとする言語SFともいえるかもしれません。