読了本ストッカー:遭難に次ぐ遭難!絶体絶命連発です。……『アイガー北壁・気象遭難』

アイガー北壁・気象遭難


新田次郎  新潮文庫


2007/7/2読了。


新田次郎氏の山岳小説短編集です。



「殉職」
・・・18歳のときから59歳の今まで富士山頂観測所員の後ろ盾として山案内人を勤める永島辰夫。山頂観測員の交代のための登山では、約8年周期で七合八勺の直下で死を伴う遭難が起きていました。永島は“忘れられた頃に事故は起こるのだという一般的警告とするには八年周期はあってもいい、そういう意味からでも、特に、登山、下山を慎重にしなければならないと自分自身にいましめて”いたのですが・・・8年前の事故をなぞるように事態は進み始めます。以前起きた事故をなぞるような事態が起きる→また事故が起きる(もしくは起きない)というシチュエーションは新田氏の作品にとてもよく出てきます。本編でも途中で予想はつきますが、そこをどのように書き込むかが腕の見せ所。本編は昭和33年に実際に起きた事件を小説化したものだそうです。


「山の鐘」
・・・土井徳郎は同じ山岳会に所属する松永ユキと鶴島美津子を伴って北アルプスへ赴く羽目になります。山に関する知識を披瀝したがるユキと、土井に媚びるような態度をとる美津子。二人の意地の張り合いに巻き込まれ、縦走は大変なこと・・・。新田氏はきっとアマチュアが嫌いなんだろうなあ。ちなみにタイトルの“山の鐘”とは霧が出た時に山小屋の所在を示すために鳴らす早打ちの鐘のことだそうです。


「白い壁」
・・・大学の山岳部に所属する5人の学生が雪崩に遭遇。一人は捻挫した足を引きずって膝行し生還しますが残り4人は行方不明に。必死の帰還が始まります。ラストである登場人物が発する一言が、これからの地獄のような日々を想像させます。


「気象遭難」
・・・白馬岳周辺の尾根や岩壁を踏破し尽くし、残すは白馬主稜の冬季登山だけとなった米山吾郎と秋村芳雄。本当に寒気のする凄まじい短編です。


「ホテル氷河にて」
・・・話は一転、新田氏のアルプス紀行から編み出された作品です。スイスアルプスにあるホテル氷河に宛もなく宿泊を続けている芳村公平。他の4名の宿泊客と、宿の経営者の娘とメイドを巡るゆったりとした物語です。最後にいろいろと言わずもがなな説明を付け加えてしまってるのが若干粋ではないですが。


山雲の底が動く」
・・・佐々村が会長を務める山岳会の山行に新婚の夫婦が参加することに。25年前、同じように新婚夫婦が参加したことによって起きた悲惨な遭難事故を思い起こした佐々村は、山行に同行することにします。佐々村の悪い予感を嘲笑うかのように、次々と25年前と同様の出来事が・・・。「殉職」と同様に、過去と現在が交錯する短編です。とはいえ、本編では老いを迎えつつある佐々村の山男としての情熱も描かれているため、そんなに陰惨な話ではありません。



佐々村はルックザックをおろして、煙草に火をつけた。二十五年前に起こったことが、ふたたび起こることを期待しておれはここにやって来たのではない。山岳会長として自分の会から遭難者を出したくはないという責任感からやって来たのでもない。おれは久しぶりに山を見たかったのだ。


「万太郎谷遭難」
・・・タイトル通り、谷川岳連峰の万太郎谷で単独行の羽村美津子が遭難する話です。まぁタイトルに書かれているのでネタを割ってしまいますが・・・現在でも遭難者に対して、周りにいかに迷惑を掛けたかわかっているのか、反省しろ、といった風潮は見られますよね。無謀な登山行なら責められても仕方ありませんが。本編の美津子も激しく責められますが、“それらの激しい世論の中で、ひとりだけ羽村美津子を、沈着なる遭難者と評した登山家があった。彼は、彼女の単独行はいささか軽率だったが、足を怪我してから救助されるまでの彼女の行動は、遭難史上類を見ないほどあっぱれなるものだと絶賛した。”という一文に救われます。


「仏壇の風」
・・・山で遭難死した鈴坂君雄の形見わけの席で、ピッケルのすり替えが行われていることが判明。なぜ安物のピッケルに変わっていたのか?ちょっとミステリ風な導入ですね。したがってこれ以上は読んでのお楽しみです(笑)。


氷雨
・・・山男の阿木野からプロポーズを受けた美根子。山を止めたら結婚してもよいという美根子に対して、阿木野は滝谷の岩壁の単独登はんさえやったら、山を止めると答えます。そして・・・。


「アイガー北壁」
・・・これも実話。昭和40年に起きたアイガー北壁での遭難事故の記録小説です。記述師は山岳史(?)をまったく知らないため初めて知ったのですが相当有名な出来事のようですね。登場人物もすべて実名とのこと。生き残った方はその後どんな人生を送られたのか・・・。


「オデットという女」
・・・「ホテル氷河」に続く紀行小説(?)です。ドロミテ山群の岩壁登はんをしていた弓削信也は、見事なクライミングをするオデットというイタリア人女性と出会います。


「魂の窓」
・・・こちらも紀行小説。本書収録の紀行小説3作品の中では一番よくできた話ではないでしょうか。20世紀に入って初めてその存在が知られたユフの隠れ里(これも実在ですよね?)を巡る伝奇的(言い過ぎ!)説話も面白いです。


「涸沢山荘にて」
・・・妙にコミカルな、しかしラストはすごいことの起きる風変わりな作品です。こういうのも書くんですね~。


「凍った霧の夜に」
・・・無理をしたばかりに深雪にはまり込んでしまったスキーヤーの井村伸夫。ま、大人げなく張り合ったりしたら、ろくなことにならないってことですよ・・・と自分をたしなめてみる(笑)。


さていよいよ『栄光の岩壁』『銀嶺の人』辺りを集めますかね?