読了本ストッカー:人はなぜ偽るのか?……『偽書作家列伝』

偽書作家列伝 (学研M文庫)
種村季弘  学研M文庫


2007/12/17読了。


碩学種村季弘氏に初挑戦です。
同じく学研M文庫から出ている『クトゥルー神話事典』の巻末に本書が紹介されていたことで知りました。種村氏の名前だけは聞いたことがあったんですが、<偽書>とタイトルにあったら買わないわけにはいきますまい。ブックオフで例外的に400円で購入。



「Haresuはまた来る  エーゴン・フリーデル



・・・しょっばなから期待を裏切らない面白さ。1930年代の日本に生まれ、『黒騎士』という連作史劇をものした哲学的劇作家、レンノスケ・ハレス。というのは嘘っぱち!  ウィーン生まれのユダヤオーストリア人作家エーゴン・フリーデルの創作なのです。フリーデルは、西洋では知られていない著名な劇作家という触れ込みでハレスを紹介し、またその著作『黒騎士』の架空書評を書いたのでした。なぜこんなことになったのか?この過程が抜群に面白いのです。あぁ、書いてしまいたい。
リーデルの各種エピソードも最高!フリーデル自身が書いたエッセイが剽窃であると訴えられたとき、フリーデルはあっさりと借用を認めます。その上で、その借用したエッセイ自体も昔フリーデルの書いたエッセイを借用していること、なおかつ、そのエッセイもフリーデルの書いた別のエッセイを自分自身が剽窃していることを証明してみせるのです!ブラボーフリーデル。なんのためにそんなことしたんだ・・・。種村氏によればフリーデルユダヤ人であることが大切なのだとか。



キリスト教ユダヤ教から盗んだ。新約聖書旧約聖書から盗んだ。西欧文化ヘブライ文化の剽窃である。よろしい、もっともっとやれ。そちらが盗む分だけこちらも盗み返せば、文化はいよいよ活性化するでありましょう。


というわけです。


「サタンの偽者  ヴィルヘルム・ハウフ」



・・・今回の主役はヴィルヘルム・ハウフは1826年、『月の中の男』という本を出版します。H・クラウレンという、実在のベストセラー作家の名前で!(無茶するなあ・・・。)
クラウレンとは、時の宮廷顧問官カール・ホインの筆名だったからさあ大変。ハウフは詐欺の罪で訴えられてしまいます。しかしハウフはおセンチなクラウレンの小説を次々とパロディにしてしまい、解体してしまうのです。恐るべしハウフ!


「蚤と才女  ゲーテ偽作とベッティーナ・フォン・アルニム」



・・・ベッティーナはゲーテ没年直後の1835年『ゲーテのある子どもとの往復書簡』という、自身とゲーテとの書簡集を出版します。真っ赤な偽作、というわけでもないのですが、オリジナルに自分で勝手にゲーテの返信まで付け加えて・・・。まあ夢見がちと言えばそうなんですが。自分を良く見せるために<偽書>を利用した典型でしょう。


「天使と悪党の間  トマス・チャタトン」



・・・『怪奇幻想ミステリ150』で紹介されていた『チャタトン偽書』も文庫化を楽しみにしている一冊。とはいっても<偽書>っていうワードに反応しただけで、実はチャタトンが何をした人物なのかは、詳しく知りませんでした(・・・。)。
トマス・チャタトンはなんと16歳の少年。父親を亡くしていたため慈善学校で教育を受け、14歳から法律事務所で働いて家族を養っていました。父親の盗掘した古文書に囲まれて育ったチャタトンは、中世の擬古詩の偽作に早熟な天才ぶりを発揮し始めます。その偽作騒ぎの後、チャタトンは死を選びますが、高度で精緻な擬古詩をものす一方でその文法や体系を破壊し尽くそうとした姿勢は、



しかしチャタトンだけは、擬古調と古風めかしを切り抜けたたった一人の年少の革命家であるように思われる(フーベルト・フィヒテ「チャタトンとチャタトン」『同性愛と文学Ⅱ』所収)」


と評価されています。



天使は、あるいは悪党は、爛漫たる修辞の天井画を突き抜けて、その彼方のエーテルみなぎる蒼きゅうに躍り出た。だれも行ったことのないその世界の住人を、だれも天使とも悪党とも決定し難い。


シェイクスピアを作る少年  W・H・アイアランド」



・・・1796年、発見されたシェイクスピアの戯曲「ヴォーティガンとロウィーナ」は、なんと18歳のウィリアム・ヘンリー・アイアランドが父親を騙すために書いたものだった? 父親どころか世界を騙してしまった少年の物語です。ま、父親が悪いんですけど。


「偽温泉誌漫遊記  ハインリヒ・ホフマン」



・・・1860年に出版された温泉誌『湯治場ザルツロッホ』。



(著者のハインリヒ・ホフマンは)政治的デモクラットでありながら三月革命のにわか扇動者たちの底の浅さを諷刺した『扇動家ハンドブック』や、インチキ医療のペテンをあばいた『奇跡治療』のパンフレット作者だけあって、相手のコピーを逆手に取りながら着々と誇大宣伝を無効にしてみせてしまう手際はさすがである。


「フランス万歳  ヴラン=ドニ=リュカvs.M・シャスル」



・・・ヴラン=ドニ=リュカによる史上最大の古文書偽造事件。偽造した古文書の数は・・・なんと27320通!
まぁ、種村氏も書いているように「書いたほうも書いたほうだが、買ったほうも買ったほうである」ですよね。
しかしポイントは全てがフランス礼賛の内容になっていること。クレオパトラからアレキサンダー大王からガリレオから、皆が皆フランス語でフランス(やガリア)を褒め称えるのです。世界史をフランス中心に書き換えようとしたわけです。愛国心ってこわい。
しかしこれを笑ったらいけないんですよね。日本でだってこういった言説がまかり通っているのですから。


「ある錬紙術師の冒険  コンスタンティン・シモニデス」




・・・錬金術師はもうモードではなかった。十九世紀も半ばを過ぎた時代である。


つまり金を作り出したり、紙幣を偽造したりするより、古文書を作ってお金と交換したほうが儲かる時代がやってきたのです。コンスタンティン・シモニデスは稀代の偽書錬金術師なのか、それともアカデミズムに潰された人間だったのか?


「歴史を偽造する男  フリードリヒ・ヴァーゲンフェルト」



・・・幻の文明フェニキア、について著された幻の史書フェニキア史』。



サンクニアトンというフェニキアの歴史家が、トロヤ戦争直前に、まだのこっていたフェニキア中の古都の碑銘を調べまわって古代フェニキア像を復元し、そのうえ神官ジェロンバルから聴きとった、隣国のユダヤ人に関する回想をまとめて、九巻におよぶフェニキア史を書きのこした。原典はうしなわれた。だが、それをビブロスのフィロがギリシャ語訳したものの一部が、キリスト教初期の教会博士カエサレアのエウセビオスの著作に引用されている。といっても、エウセビオスが引用しているのは、サンクニアトン原典のビブロスのフィロ訳第一巻に付されたフィロの序文のほんの一部にすぎず、(中略) それはうしなわれて、二度と日の目を見ることはない。すくなくとも後世のオリエント学者たちの間ではそう信じられていた。


そんな『フェニキア史』のギリシャ語訳全九巻が、1835年、丸ごとそっくり、若干25歳の新進研究者フリードリヒ・ヴァーゲンフェルトのもとに忽然と姿を現わしたのです。
当然のように、学会の大物たちが次々に謀られていく過程が面白いです。


「王妃の真筆  マリー=アントワネットをめぐる偽書簡」




・・・それにしても十九世紀の匿名の歴史偽造者たちはいささか陰気である。過去の修正・改作にもっぱらで、現実との接触を絶たれている。私(種村氏)個人の好みを言わせてもらえば、私は、同じ偽書・偽文書使いでも、それが即座に現実と接触して相手も自分も変えてしまい、あわよくば革命にまでもっていこうとする、行動的な十八世紀人の溌剌としたペテンのほうが好きだ。


「寸借詐欺師  キリストマリー・ルイーゼ・ブラウン」



・・・タイトル通り、宗教詐欺に関する著作。


「二十世紀の錬金術師  フランツ・タウゼントvs.ハワード・ヒューズ



・・・「ある錬金術師の冒険」でも述べられていたように、錬金術師は十九世紀には時代遅れになってしまいました。けれど二十世紀にも錬金術師が存在したのです。その依頼主(?)は・・・ナチスドイツ。やっぱりねぇ。


「肖像ノイローゼ症候群  ディプロマ詐欺師たち」



・・・太古から爵位や社会的地位の売買業者は存在したようですが・・・現在では「学歴」がそれに当たるようですね。


ボヘミアの薔薇  ケーニギンホーフ手稿」



・・・ロマン主義ナショナリズム、それは「フランス万歳」「歴史を偽造する男」でも言及された、<偽史>を語る上で欠かすことの出来ない要素です。
ここではチェコ人、ボヘミア民族主義者の行った歴史改作が語られます。どちらかというと迫害された側の偽造なので、なんとなく同情してしまいそうですが・・・、いややはりダメですよね。



近代国家の建国は、偽作の国民的古典を基礎にしてはおぼつかない


のですから。


「贋物創始  ウラ・リンダ年代記



・・・ゲルマン神話の女神フリヤーの名を冠するフリーズ人。



フリーズ人にしてみれば、万物創始の地であるそのフリースランドがローマからきたキリスト教勢力に席捲され、あまつさえ原母フリヤーの日(金曜日)が生の祝祭日ではなくて、自分たちの神話にとっては赤の他人にすぎないキリスト受難の不吉な日として忌まれさえしているのだから(中略) フリーズ人たちのナショナリズムがこれを腹に据えかねたとしても不思議はないのである。


そこで出て来るのが「オエラ・リンダの書」。キリスト教成立以前からゲルマン民族が原初の神を有していたことを綴った、ゲルマン民族の聖書ともなるべき存在です。



ウラ・リンダ年代記は、われわれ北方人をあの精神史のもっとも悲劇的な錯誤たる、普遍的光明神-宗教のユダヤ-オリエント的転倒にほかならぬいわゆる『旧約聖書』から、われわれを最終的に解放してくれる。・・・創世記のユダヤ天地創造史をウラ・リンダ年代記のそれと対比してみさえするならば、ユダヤ的思考のまったき劣等性、その唯物主義は白日の下にさらされるであろう。


が・・・もちろん偽書、なのか? 読んでのお楽しみです。


「中世貸します  コンスタンティヌス大帝贈与」



・・・これ知らなかったなあ、<コンスタンティヌス大帝贈与>! これが現代まで続く問題だなんて・・・。この甚だ怪しいエピソードが『教皇法令集』に載ったことで、現実の権威を帯び、イングランドvsアイルランドの問題にまで関係しているとはねぇ。勉強不足でした(深く反省)。


偽書検閲官の偽書  ヴィテルボのアンニウス」



・・・イタリアに対する愛のために、有史以前から歴史を書き換えようとした男、ジョヴァンニ・アンニウス。教皇宮廷教師にして禁書目録聖省長が発掘物を<埋め>まくり、偽書を書きまくったというのだから、なんというか。


というわけで、とても刺激的な著作でした。
昔の人々が、現代から見ると明らかにおかしいことで簡単に騙されているのを見ると、なんだか笑ってしまいそうですが・・・嘲笑う姿勢は正しくない、好ましくないと感じます。自分たちがそういった場所に陥っていないか、よく考える必要があると思います。


というわけで五つ星!