読了本ストッカー『八本脚の蝶』


2011/10/17読了。

人形も好きだし、クトゥルーも好きだし、しかしそれを自分に引き付けて捉えることができない……自分が健全で低脳でつまらなく感じてしまう危険な書。
とても才能のあるかただったんだろうけど、どうしても亡くなったことがすべての評価を不可能にしている、アンタッチャブルな存在にしてしまっている気がするなあ。

私が男性だったら、主体を失い、他者として物体化されることに無邪気に憧れることができただろう。しかし、女性にとって、それは否応なしに与えられたジェンダーを受諾し徹底することにあまりに似すぎている。
そこに生まれるかすかな、しかし抑えがたい拒否反応。
実は全く異なるのに、自分でも間違えてしまいそうなほどよく似た外見を持つ、隣り合う二つの物語を引き受けることへのためらい。
ええ、それは私(の一部)はオブジェになりたいです。でも、それは女が他者であり自然であり鑑賞されるものであるからではないの。


世界の外部を志向することと、異界を求めることとは一見似ているが、実はまったく異なっている(「異世界」という言葉の中の「世界」は、他の「現実」のことであり、「世界の外部」というときの「世界」は存在全体のことだから)。
私は前者を「哲学」と、後者の表われを「幻想文学」と呼ぼう(そして、それらは勿論両立しうる)。


ロリータファッションは、自分はあなたのための素材ではなく、自分自身のための素材なのだという意思の表明のように私には思われる。自分で自分を着せ替えできる人形には、御主人様なんて必要ないのだから。

下妻物語』を読んだときもそうだったのだが、ロリータの非束縛性に言及した言説を見ると、どうしてもそれすらも刷り込まれたものではないのか?と感じてしまう。男性だから?

のび太の魔界大冒険』で枝分かれする世界に責任をとることへの絶望をみたとこ一緒!

『ハイウェイ惑星』 石原藤夫 徳間書店 徳間デュアル文庫