読了本ストッカー『花のあと』

花のあと (文春文庫)花のあと (文春文庫) [文庫]
著者:藤沢 周平
出版:文藝春秋
(1989-03)


2010/8/19読了。

◆「鬼ごっこ」……小間物屋を畳み、隠居生活をおくる吉兵衛は、元盗賊。その吉兵衛が身請けし、養っていた元女郎のおやえが惨殺されます。おやえを殺したのは誰なのか、吉兵衛は密かに調べ始めます。町人もの。

◆「雪間草」……代わって武家もの。鳳光院の尼僧松仙は、黒金藩の藩主信濃守勝統の元側妾。その松仙のもとに、信濃守の怒りを買い国送りにされた、元許嫁の服部吉兵衛の助命を乞う死者が訪れます。松仙は助命の活動を開始しますが、それは吉兵衛を愛していたからというわけではありません(元々、婚約が整ってから二年の間に一度しか会ってない許嫁なのです)。仏門に入るきっかけとなった十年前の一件、五年前に鳳光院の扶持を削られたこと、などなど信濃守に対する松仙のプライドによるものと言えるでしょうか。松仙が坂巻流の柔術の遣い手というのも面白いです。

◆「寒い灯」……町人ものです。料理茶屋で働くおせんのもとを、出てきた婚家の夫清太が訪れ、風邪で寝込んでしまった姑おかつの看病をしてほしいと頼まれます。しかしおせんが家を飛び出したのも、元はといえばおかつにいびられたから。今更虫のいい話ですが、いい雰囲気の男もできそうなおせんは、去り状の催促がてら見舞いに出かけますが……。

◆「疑惑」……武家もの。ミステリ風の短編です。定町廻り同心の笠戸孫十郎は蝋燭商河内屋の主人刺殺事件を扱います。すでに、犯人と目された養子の鉄之助が捕らえられていますが、なんとなく納得のいかない様子の孫十郎。改めて捜査を始めます。謎はバレバレですが……。

◆「旅の誘い」……「一茶」のような芸術家もの。主人公は歌川広重です。北斎の「富嶽三十六景」は<奇想>で江戸の寵児となりますが、池田英泉をして
だがあれは詩ではない。あれは力わざです。腕力というもんだ。

と言わせます。その英泉を広重は
英泉が描く女を、眼を瞠るような思いで広重は見てきた。同時にそこまで踏みこまねば、こういう美人絵は描けないだろうという思いがあった。それが絵師というものだとも思った。
だがそこまで女に踏み込んだ英泉という人物を、怖れる気持があった。そこには一度見てしまえば、引返すことが出来ない世界がある。英泉がその世界まで深く降りて行った男であることは間違いなかった。広重が覗きみることをためらう深淵が、英泉の内部にはある。
と見ています。しかしその英泉も、
「あんたはしかし、淋しい人だな。よほどの不幸があったと見える」
「どうしてですか」
「なに、あんたの東海道の蒲原一枚を見れば、それは解るさ。一度は人生の底を見た人間でないと、ああいう絵は出て来ねえな」
と広重を評しているのだから……いずれ劣らぬ<魔人>としか思えません(汗)。
ちょうとリブロ池袋で広重の<木曾街道>ものの原画(?)販売をしていたので、これかぁ……と興味深く拝見したことでした。

◆「冬の日」……長年古手物の行商をやり、ようやく店を出すまでに漕ぎつけた清次郎は、偶然入った居酒屋で、昔馴染みのおいしの落ちぶれた姿に出会います。意外にほのぼの系(微笑)。

◆「悪癖」……勘定方の渋谷平助の悪癖、それは酔っぱらうと、ひとの顔をなめちゃうこと(笑)。恐るべし藤沢周平……ギャクとしか思えん。藩の土木工事の不正を暴く役目を命ぜられた平助ですが、命を狙われた場面でも、
「この男、死ぬ気だぞ」
「なに?」
「黙って死ぬ気らしい。存外腹の据わったやつらしいな」(中略)
度はずれの無口男が、恐怖で硬直しただけなのを男たちは買いかぶったらしかった。
など……ギャクだろ、やっぱ!

◆「花のあと」……ようやく表題作。北川景子主演で映画化された、ハズ。『蝉しぐれ』的臭いがプンプンする好編です。

以上八編、ダーク周平とホワイト周平の間といった感じでしょうか?設定はダークだけれども、ラストは希望あり、みたいな。