読了本ストッカー:『剣法秘伝』

剣法秘伝 (徳間文庫)
著者:五味 康祐
販売元:徳間書店
(1989-01)


2010/3/10読了。



◆「霜を踏むな」……霞流の刀術を遣う家所伊右衛門と弟子の西明寺左門は、諸国を旅し、その土地の名のある武芸者と立ち合う生活を続けています。
左門は師の寝首を掻こうと狙っており、伊右衛門もまたそれをわかっていながら、自らの鍛練のためにそれを許す、というような関係(らしい?)。
抜く時以上に精魂をこめて刀を鞘に収めると、それからはゆっくり身を横たえ、あとは、静かにねむった。
そして最後に闘うのは、新陰流神後伊豆!

◆「鐔師」……孤児となった井土小十郎は、父親の最期を知るという遊行僧、僧俊良を探して伊賀に向かう旅の途中。その僧は、父親の形見というひとつの鉄鐔を渡して曰く
「その鐔は、おぬしの身に過ぎた宝とおもえ。知る人ぞ知る、どのような名刀に比すとも劣らぬ稀代の鐔じゃ。おぬしにその値打のわかる日が来るかどうか……」。
落ちぶれた前中納言、石舟斎の妻春桃御前、柳生巌勝、神後伊豆守など戦国期を彩る錚錚たる面々に出会いながら、その鐔のなんたるかを探る旅を描きます。ラストは(記述師は知りませんでしたが)史実に接続し、伝奇的です。

◆「ささら、ささら……」……戦国の猛将、大和郡山藩主水野日向守勝成に仕える篠田喜左衛門は、若輩ながら居合の名手。
とある事情により出奔し、紀州藩徳川頼宣に仕えることになります。さらに喜左衛門を慕う者たちが続々と跡を追う始末。
面目を潰されたのは水野家。重臣たちが激怒する中、藩主勝成は泰然自若としてこう言い放ちます。
「この勝成が武略、それほど甘いと思いおったか。たわけ。小倅共が小手先の術とは違う。とうに手はうってあるわ。今に分る」
果たして?
本篇では、戦国の武VS泰平の武が比較されます。五味氏の作品にはよく見られます、よね?
勝成は言うのである。新免武蔵といい伊藤景久一刀斎というも所詮彼らは野人である。(本多)忠勝は十万石の大名である。大名殿様なれば武蔵と立合えばかなうまじと思うは凡愚の浅慮である。十万石の器量あればこそ忠勝は一国を領し得る。武蔵は無し。兵法の優劣は既にあきらかであると。(中略)「喜左衛門が居合などせいぜい武蔵輩を相手の軽業か」
とも嗤い捨てた。どう言われても家臣らには駁しようがなかった。
日向守勝成は大名ながら諸国を放浪していた時期もあり、数々の剣豪たちをよく知り、かつ自らの武略も優れています。だからこそ説得力を持ちます。
タイトルの「ささら、ささら……」とは喜左衛門が居合を披露するときのような集中し緊張したときに無意識に呟いてしまう性癖の言葉。ラストに大きな意味を持ってきます。上手い!

◆「殺人鬼」……出た!黒柳生&黒宗矩!当時<関東四強>と呼ばれた新陰流、一刀流、東軍流、無明流。秘かに一刀流に代えて、無明流の公儀師範役への採用が内定します。
しかし当主杉村蓮真は急病にて死去。四天王と呼ばれる面々も、三人までが指南役へと推挙された藩に向かう最中で命を落とします。
どうやら(もちろん?)黒宗矩の仕業。ひとり残った四天王の一、<悪源太>こと神月源太左衛門は、道場に籠り
昼と言わず夜といわず、ガランとした道場にただ一人、居すわって、水をひたした盥を前へ置き、それに抜き身の刀数本を沈めて、
待ち構える生活を始めたのでした。そして黒宗矩が最強の刺客として放つのは……。途中氏家勘兵衛、柿本左門、沖忠左衛門という三人の刺客を用意するのですが、彼らはお互いに知らない。三人の逸話が語られますが、気骨のある武士なのです。黒宗矩は普段から芳志を与えておき、
道場へは氏家の次に忠左衛門が来た。忠左衛門は前に勘兵衛の居るのが余程意外だったらしい。少時、呆っ気にとられた面持で入口に突っ立った。
「……なるほど、これが柳生どのの兵法か……沖忠左衛門の器量、安う見られたものよ」
この独語に、はじめて忠左衛門の存在を知って勘兵衛がふり向いた。忠左衛門はうすら笑いで黙礼をかえそうとして、わらい止めた。次第に、忠左衛門の眼には怒気が光ってきた。勘兵衛の腕前を忠左衛門は見破ったのである。人物を見たのである。(これほどの士を柳生は死なせに寄越すか……)
(中略)
この時である。稍後方に控えていた忠左衛門が跫音を微び、ツ、ツ……と勘兵衛の背後へ廻って、「お手前の手に合う相手ではない」言って、居合抜きに手も見せず勘兵衛を斬った。
「くっ」
と咽をつまらせ、クルリと後へ向き返って勘兵衛はその場に突伏せた。即死であった。
(中略)
どうせ勘兵衛は挑めば斬られている。勘兵衛自身は相討ちを覚悟で、死ぬる気で打ち懸かろうが伎倆の差は如何とも為し得ない。そう看取ったので手にかけた。味方に討たれるならまだ諦めがつこう……律儀に義に殉じようとした氏家勘兵衛への、これが武士の餞けと忠左衛門は斬ったのである。介錯したも同然のつもりでいる。そういう忠左衛門は武士である。
そうか?味方に斬られるほうが無念じゃないかと思うが……?想像を絶する考え方だな……。

◆「坊主になった剣豪」……臆病な剣豪の話です。剣豪といっても、剣を振るう場面は皆無。
天下無双の豪傑、伴団衛門の遺児と言われる水島彦左衛門、果たして優れた剣士なのか?それとも稀代の弱虫なのか?

◆「燕落し」……草加五郎右衛門、若松一弥、斎藤郡太夫の三人は、大阪の陣のおり、木村長門守の配下として戦功を競った仲。現在は(たぶん岡山藩主)池田光政に仕えています。
その光政が、家臣たちに先祖のことや自らの戦功などを子細に記した書類を差し出すように指示したことから、問題が。草加五郎右衛門と斎藤郡太夫との間に、ある戦での一番槍を巡ってのいさかいが発生してしまうのです。
果たしてどちらが真の一番槍なのか?ラストはまた、今様の剣術と戦国の武術とのぶつかり合いです。

◆「柄師」……聖天町伝通院にて武道諸芸指南所を開く佐々木留伊は傑出した女剣士。
剣客商売』の女剣士佐々木を思い起こしますね、どっちが先だっけ?
ともかくこの留伊、あらゆる武道を身につけ鬼神と称された父親にすべてを伝授され、むちゃくちゃ強い。父親に自分しか子がなく、家が途絶えてしまったため、
こうして(指南所を開いて)おけば他流試合を申し込む士もあろう、若し負ければ、膝を屈して縁組を乞い、家名を興さんとの意図からである
というわけです。しかしながら全然負けそうにない……(笑)。そこで町奉行石谷将監は、留伊に勝てそうな男、御柄師の尾関半兵衛をあてがうのでした。半兵衛は元二本松藩の鎗奉行。将軍家光の前で刀の柄に絃を巻く際に優れた技術を示したことから、賞賛されたほどの人物です。いろいろあって半兵衛と留伊は立ち合うことになります。ラストは、話の裏にいろいろあって、黒幕たちが碁を打ちながら試合の結果を待つのですが……さて結末は?

◆「鞘師」……<鐔><柄>ときて、今度は<鞘>です。武芸を家中に奨励する美濃大垣藩
藩主催の武術試合で、明石藩の花村新兵衛が、出場剣士の鞘の拵えを見ただけで勝敗を全て当てたのを聞いて、鋭敏で名高い若殿戸田但馬守左門は彼を招きます。
新兵衛曰く
人を斬らぬ時代となっても、当然、斬るべき威厳を刀はそなえていかなけれはならぬ。威厳をうむのはそれを腰に帯びた者の器量であろうが、いかに達人とて塗りの剥げた貧相な刀は、抜き合わせた上でなくばその威厳を示し得ない。相手を慴伏せしめ得ない。と言って、抜いてはならぬ世の中である。ならば威厳は刀自体の姿にそなわっておらねばならぬ。しかも『抜くこと罷りならぬ』刀であれば、刀の姿は乃ち鞘の姿である。威厳は鞘が示す。
(中略)
それを鞘に斂めれば妖気の鎮まる、さような鞘を作れぬものであろうか。鬼気迫る人物とてもその鞘の刀を差せば、人を斬る気になれぬ、そんな霊力の秘められた鞘は造れぬものであろうか。
果たして新兵衛は但馬守より鞘の製作を命じられますが……。

◆「火術師」……西沢勘兵衛は、元参州田原藩の火術師。火術師とは鉄砲や狼煙を研究する役職、らしいです。
狼煙が軍なら、花火は民。狼煙のために火術師が研究した成果を、民たる<鍵屋>が買い取り、花火を作り上げる、といったことが、行われていた模様。
勘兵衛は、ある事情により、花火を作ることになるのですが……狼煙と花火は似て非なるもの。なかなかうまくいきません。あの<玉屋><鍵屋>の話など興味深い挿話が盛りだくさんです。

◆「後鞘」……羽州山形藩では、家臣の刃傷沙汰を皮切りに、お家騒動が起こります。
藩では処分を内々に済ませてもらうために、老中筆頭鳥居丹波守に格別の配慮を依頼します。
しかしある事情から山形藩に遺恨を抱く人物が老中に連なったために、事態は急変。山形藩は一計を案じますが……。
本編のキモとなるのは<登城太鼓>。
老中の登城は午前十時(正四ツ)と決められており、それら(五人の老中が)皆揃うまで――大手門を入ってしまうまで、江戸城御太鼓櫓では『登城太鼓』が打たれている。それを打ち切ってしまった時が、午前十時である。老中の誰ぞの出仕がおそいと、そのすがたの現れるまでいつ迄も太鼓は打たれた。さもないと当の老中は遅刻したことになり、諸侯へのしめしがつかぬからである。つまり老中が揃って大手門を入りきらぬうちは、午前十時にはならない。
勉強になるなあ。
というわけで、何時最後の<四ツ>を告げる太鼓が鳴るのかがラストを飾る大一番なわけです。これ映画になるなあ!
さらにラスト、思いがけない人物が詰め腹を切らされることになるのがまた、武士道恐るべし!な感じで哀しみが募る
のです……映画化希望!

面白かったです。それにしてもどこからこんな話を探してくるんでしょうねぇ。話の途中で、登場人物の来歴や逸話を滔々と語りはじめ、本線がなんだったか解らなくなるところがすごい(笑)。