山口瞳
文春文庫
2008/11/4読了。
山口瞳氏は初挑戦。『江分利満氏の優雅な生活 (新潮文庫)』は、タイトルだけは聞いたことあったけど、山口氏作品なんですねぇ。『文庫王国2007』で桜庭一樹氏が次のように書いていたので知りました。
大正十五年生まれの作家、山口瞳が渾身の力をこめて書いた、自分の一族の過去を巡る物語。息子に「瞳」という不思議な名をつけた母。この母を含め、親戚一同が驚くほどの美貌をもっていた山口一族。そして、瞳少年が幼い頃から繰り返し見る、奇怪な夢……。
凄みのある美貌でありながら、奇妙なほど生きる力の弱い男女ばかりの山口一族の描写が、日本の昔の話なのにデカダンで、まるで『ポーの一族』みたい。「彼らはなぜ美しかったのか」がついに解かれるシーンは鳥肌物! そうだったのかー!ミステリーの謎解きみたいで痺れました。すごい。
おぉ、面白そう!ということで探していたのですが、ご多分に漏れず、105円にて購入。
物語は作家の<私>が田中角栄論を執筆中に、父母の結婚式の写真をみたことがないことに気づくところから始まります。そう考えてみると大正十五年十一月三日(明治節)という自分の誕生日も出来すぎに感じる(そうかなあ?)・・・ま、まさか!という感じです。
<私>はどうやら山口瞳という名前らしいし(上に引用した桜庭氏の文章は前半をまったく覚えていなかった)、吉野秀雄、久米正雄、萩原朔太郎、長谷川一夫などの名前もでてくるし、自伝?それとも自伝的小説? うろおぼえの桜庭氏の文章から伝奇小説かと思っていたのですが(!)。出てくる親戚がみな美男美女揃い。すごい確率です(笑)。
私の母方の親戚、もしくは親戚だと教えられた人たちに共通するものは何だったろうか。
母の兄のことを鯔背だと言った。たしかに、そういうところがあった。自堕落なところがある。脆い感じがする。総じて、誰もが、怒りっぽくて涙もろい。非常によく言えば洗練されている。垢抜けしている。誰もが一様に、お洒落だった。間違っても毛糸の腹巻きなんかはしないという風があった。頽廃していた。血が濃くなっていて、これで行きどまりという感じがあった。それでいて、乱暴者とか不良っぽいという感じはなかった。高貴と下賤の不思議な混交という感じさえあった。私は、そのことを時には誇らしく思い、時にはやりきれないことのように思った。ともかく、勤勉なる一般市民とはどこか違うという感じを拭いさることができなかった。
唯一の他人である女房は、私の周囲の人たちに別世界を感じ、恐れを抱いた。その女房の感じ方は当たっていたのである。
お~ドキドキするなあ!まさに伝奇小説です。そうじゃなかったとしても伝奇伝記小説くらいか? しかしどこまでも抑えの効いた自伝的な筆致。いつ<伝奇的あちら側>へ飛びたつのかワクワクして読み進めました。
父も母も陽気で楽天家で、話が面白い。芸事に熱中し、博ちも盛んに行われた。
というような楽天的な家族(つまり一族郎党すべてが榎木津ってことですな)の中で、<私>は、
だから、私が堅気な家庭に憧れたのは、これも無理のないことだと思われる。しかし、私は、家中では白眼視されていた。家での私の渾名は冷血動物であり、ゲジゲジだった。私は怠けものであり遊び好きであったけれど、家風には同調しなかった。(中略)父や母からするならば、彼等の期待に反して、私は、ちっぽけな、ケチくさい男になっていった。つまりは、厭な奴だった。おそらく、父も母も、私を本当に理解することはなかったと思う。
というような存在であった著者。彼の常に不安を抱えて生きている様子と、享楽的に生きる親族の様子が、なんというかガツンと胸に迫るものがあります。
というわけで、結局期待したような伝奇小説ではなかった(山口瞳氏を知っている人にとっては当然?ものを知らなくてすみません・・・。)ものの、とてもエキサイティングな小説でした。<母>というテーマは山口氏作品では繰り返し語られる有名なもののようですね。同じ自伝的小説でも足穂は読めなかったのに、山口氏作品はとても入り込んで読めました。
しかし、本書は山口氏のことや、その著作群を知らなければ、絶対に創作だと感じると思います。家族の逸史を探るという意味では伝奇小説とも言えるかも(しつこい)。異能に頼らなくとも伝奇的なものは描けるという証明だと思いました。五つ星!
次の<一族もの>(勝手につけた)として中上健次氏の『異族』を探しましょう。タイトルに<族>が入っているだけですが・・・。