読了本ストッカー:ハッピー藤沢周平……『たそがれ清兵衛』

たそがれ清兵衛 (新潮文庫)
たそがれ清兵衛 (新潮文庫)


藤沢周平


新潮文庫


2008/10/1読了。


    短編集です。物語の基本的なパターンは、<秘剣>シリーズと同様に、藩内に政争が起こり、誰か役に立つ遣い手はおらんか?う~む、そうじゃのう・・・おぉそうそう、○○右衛門という者をご存知か?おやご存知ない。実は○○流の遣い手らしい、ほう、そんじゃ一丁その者でいってみるか!いやいやその儀ばかりはお断りいたします、なぜじゃなぜじゃなぜじゃ~!おぬし、こ~んなことを取り計らってやるがどうじゃ、しかたない、やりませう、というもの(笑)。


相伝の秘剣がフィーチャーされた<秘剣>シリーズとは少し異なり、一癖も二癖もある男たちそのものにスポットを当てた物語です。



◆「たそがれ清兵衛



・・・ご存知、映画『たそがれ清兵衛』の原作(のひとつ)。本編の主人公井口清兵衛は、映画とは違って、寝たきりの妻の介護のために仕事をさっさと切り上げています。無形流の遣い手でもある清兵衛は、家老杉山頼母から重要な会議上での上意討ちを依頼されますが、妻の介護を優先して断る始末。妻子持ちにはぐっとくる(?)ラストです(笑)。それにしても『暗殺の年輪』に収録されたようなダークな作品を書いた人とは思えないなあ!


◆「うらなり与右衛門」



・・・三栗与右衛門はうらなり顔ですが、無外流道場の高弟であったこともある人物(ですがっておかしいか)。与右衛門は、密かに家老長谷川志摩の護衛を務める役目があったのですが、あることで二十日間の<遠慮>処分を受けてしまい、役目が果たせなくなります。果たして家老を守れるのか。本書では唯一、積極的に政争に関わっている主人公ですね。


◆「ごますり甚内」



・・・川波甚内はごますり(笑)。とある事情からしかたなくごますりをしているのですが、家老の栗田兵部にその<とある事情>の解消を条件に仕事を持ちかけられます。甚内は雲弘流の師範代を勤めたこともある人物で<六葉剣>という短刀術の秘剣を授けられたと噂されています。本書では唯一、秘剣の名前が出てくる作品。


◆「ど忘れ万六」



・・・樋口万六は五十四歳で、普請組小頭の役目を退き隠居した身。もの忘れが激しくなり、勤めにも支障をきたしそうになったためです。息子と嫁に粗略に扱われる毎日、あることから嫁の窮地を知った万六は、若い頃師を超えるとまで言われた林崎夢想流の腕を頼りに、解決に乗り出します。記述師好みの<最強じじい>もの(笑)。



「片山どのですな」
「いや、それがしは片岡ですが」
「そう、そう。片岡どのだ」


「しかし、片山どの・・・」
「片岡でござる」
「片岡どの。」


とか繰り返しギャグもあるし、ど忘れが笑えます。剣を振るう度に、あいた、た、と腰を痛める様も。藤沢周平はこういうのも書けるんだなあ。


◆「だんまり弥助」



・・・杉内弥助は極端な無口。過ぎたるは及ばざるがごとし。無口すぎて変人扱いされるほどです。弥助が無口になった理由を巡る物語と、相変わらずの政争が平行して語られます。


◆「かが泣き半平」



・・・<かがなき>とは、<わずかな苦痛を大げさに言い立てて、周囲に訴えたりする>ことだそうです。鏑木半平はすぐに「疲れた疲れた」と連発するのがクセで、周囲や妻からうっとおしがられている男。う・・・記述師のことか・・・?ま、とにかく今回は弱みを握られた半平が、藩内で誰も知らない剣の達人としていいように使われるわけです。


◆「日和見与次郎」



・・・藩内の政争にまったく関わろうとしないことから、人呼んで<日和見与次郎>。それは政争に巻き込まれ死んでいった父を見ているからなのです。


◆「祝い人助八」



・・・本篇も映画『たそがれ清兵衛』の原作のひとつ。<いわいびと>じゃなくて<ほいと>、つまり乞食のことです。え?当然?記述師は知りませんでしたよ、<ほいと>ってこう書くんですねぇ。妻が死んでから身の回りのことに構わなくなってものすごく臭う男、助八。父に他人に見せることを禁じられていた剣技を、友人の妹を救うために見せたことで、助八は罪人の討っ手として選ばれてしまいます。


    しかし!どうしたことだ、このハッピー加減は!? 藤沢周平といえば、例えればあの『影の軍団』の伊賀忍者たちのように、全滅!みたいな作品ばっかりだったのに・・・(おおげさ)。
    急に『長七郎江戸日記』みたいなハッピー作品だもんな。だいたいにおいて妻(家族)との仲も良いし、幕切れも暗くなりません。何より死者が少ない。なんだかほっとします。これが行き着くと『蝉しぐれ』になるんでしょうねぇ。


でも、こういうほうが好きだな。