読了本ストッカー:超ダーク藤沢周平……『暗殺の年輪』

暗殺の年輪 (文春文庫 ふ 1-1)


藤沢周平


文春文庫


2008/9/2読了。


おすすめ文庫王国2007」にて、高野秀行氏が「偏愛ベスト10 藤沢周平」ベスト短編集として挙げていた一冊。営業中に、駅前の小さな古本屋の均一棚で見つけました。



◆「黒い縄」



・・・姑とうまくいかず、実家の材木商下田屋に出戻っているおしのが主人公。
    おしのは幼なじみの宗次郎と再会し、そのことを出入りの植木職でもと岡っ引きの地兵衛に話します。しかし宗次郎は罪を犯し江戸には居てはならない身だったのです。地兵衛は探索を開始して・・・。ラストの一文がすごいなあ。作品内の時間だけでなく、おしのの今後をも内包した一文でした。


◆「暗殺の年輪」



・・・表題作。本書唯一の<海坂藩もの>にして、第69回直木賞受賞作です。
    葛西馨之介は、母親と二人暮らし。父源太夫は十八年前、政争に巻き込まれ、藩の重臣の殺害に失敗、切腹をしたと聞かされています。  しかしなぜ葛西家は存続を許されたのか?  なぜ友人たちは憫笑を馨之介に向けるのか?  十八年前と同じように再び政争が始まり、馨之介はその謎に近づいていきます。
    昔の奉公人の娘で実家の居酒屋で働くお葉と、友人の妹である菊乃が対象的に描かれていて、とても効果的。ラストの余韻がこれまた・・・。


◆「ただ一撃」



・・・これが一番好きだなあ!
    庄内十三万八千石酒井藩に仕官を希望する浪人、清家猪十郎の登用試合。猪十郎は藩の名だたる遣い手を、三人も不具にしてしまいます。なぜか(?)機嫌の悪い藩主忠勝は再試合を命じます。藩の上層部が思い出したのは還暦を迎えようとするほどの刈谷範兵衛という老人。果たして、範兵衛は



「お舅さま、洟、洟」
    嫁の三緒の慌しい声に、範兵衛はう、うと唸って手の甲で糸をひいて垂れた洟をこすり上げた。


という有り様(笑)。しかし範兵衛は藩からの申し出をあっさりと受けます。父親の剣舞を信じない息子、頼んではみたものの不安な上層部、ただ一人舅の技を信じる嫁。しかし範兵衛は相変わらずの~んびり。そして幾日かして突然姿を消す範兵衛。その直後から城下には天狗が出没するという噂が・・・。舅のことだと確信する嫁。ここまでだけならよくある話ですが・・・そこは藤沢周平、よくねってあります。


◆「溟い海」



・・・晩年の葛飾北斎を描いた作品です。こ、これがデビュー作かあ・・・恐るべし藤沢周平。老練だなあ。
    本作は記述師の好きな<魔人もの>。一芸に秀で、その芸を極めんがために道を踏み外しそうになる<魔人>。北斎が世間で評判の広重の<東海道五十三次>を見てもその良さがわからず、悶々とする場面など凄いです。
    版元の人間としては、北斎(と知り合いの英泉)が版元を貶す場面が。



    版元は利益を貪りすぎる。絵師をないがしろにして、そのくせ絵のうまい下手の見わけもつかず、下職と一緒くたに扱っている。 (中略)  とその随筆の中で、英泉は、過激な言葉で版元を罵っていた。


「しかし、あんたはどうか知らんが、版元も最近えげつなくなった。英泉はほんとのことを書いているよ」と北斎は言った。


これって最近でも『金色のガッシュ』事件がありますし・・・版元はすでに何百年もえげつないんですね(涙)。営業サイドはどちらかっていうと著者に悩ませられることが多いてすけど・・・(ぼそっ)。


◆「囮」



・・・本作はミステリ的要素のある作品。ものすごい暗いですが・・・。
    病気の妹のために版下彫りの仕事の傍ら、下っ引きとしても働く甲吉。ある逃亡犯の女の家を見張ることになるのですが・・・。


    今回改めて判明したのは、記述師は<市井もの>が苦手だということ(笑)。本書の収録作は厳密には<市井もの>とは違うかもしれませんが、「黒い縄」「囮」といったものよりは、「暗殺の年輪」「ただ一撃」のような武家もののほうが好きです。


    また「溟い海」のような(天才的)職人を扱った< 魔人もの>も大好き。高野氏が挙げている『一茶 (文春文庫 ふ 1-2)』も<魔人もの>の匂いがプンプンするので読んでみたいです。もう見つけてあるんですけど。


    しかし黒いなあ。藤沢周平の本質はかなりダークですね・・・。池波正太郎だと必ず心の友とか、言わなくても理解してくれる忠実な奉公人とかいたりするんですけど。本書では友達でも裏切るし、奉公人も何考えているかわからないし。気のいいおっさんなんて、ひとりも出てきません。まあこっちのほうが現実的?唯一『囮』のラストくらいでしょうか、人間関係が見えるの。ほっとしますね。


   それ思えば、『蝉しぐれ』なんてあまちゃんな作品だったんだなあと納得。でも記述師はあまちゃんな作品が好きなので、本書は四つ星で(笑)。