読了本ストッカー:これが<信用できない語り手>か!……『日の名残り』

日の名残り


カズオ・イシグロ  ハヤカワepi文庫


2007/10/2読了。


というわけで、偶然ですが『翻訳文学ブックカフェ』に登場した土屋政雄氏の訳した『日の名残り』です。


ダーリントン・ホールの執事として、戦前からダーリントン卿に仕えてきたスティーブンス。ダーリントン卿も3年前にこの世を去り、館の新しい主人はアメリカ人の実業家ファラディになっています。
人のよいファラディから休暇を与えられたスティーブンスは、昔の女中頭であったミス・ケントン(結婚してミセス・ベン)に会うべく、短い旅に出かけます。


<考えれば考えるほど、その説明が当たっているような気がしてまいりました>など自分に都合のよいセルフイメージに生きているスティーブンス。これがあの有名な<信用できない語り手>ってやつなんですねぇ。あんまり意識して読むのも邪道かな? イシグロ氏は優しいような皮肉なような、絶妙な筆致で描きます。丸山才一氏の解説では・・・



ティーブンスが信じてゐた執事としての美徳とは、実は彼を恋ひ慕つてゐた女中頭の恋ごころもわからぬ程度の、人間としての鈍感さにすぎないと判明する。そしてこの残酷な自己省察は、彼が忠誠を献げたダーリントン卿とは、戦後、対独協力者として葬り去られる程度の人物に過ぎなかった、といふ認識と重なりあふ。


とかなり厳しく書かれていますが、そこまで突き放しているかな? 記述師が甘ちゃんなのでしょうか?


それにしても、やはり面白い作品にはそこはかとないユーモア(そこはかとなくなくても別にいいんですが)が欠かせませんね。本書でもアメリカン・ジョークを飛ばす新しい主人ファラディのために、自らもジョークを練習するスティーブンスの姿が笑いを誘います。



じつは、この冗談を思いついたとき、私自身はなかなか気がきいていると思いましただけに、農夫たちの反応の鈍さにはいささかがっかりいたしました。受けがいまひとつだったという落胆とともに、最近の数ヶ月間、私がこの方面で重ねてまいりました努力が、まだ成果を現わさずにいるという歯痒さもあったのだと存じます。さよう、私はこの新技術を自分のものとし、ファラディ様がどのようなジョークをとばされても、自信をもってそれに受け答えできるようになりたいものと思い、多少の努力をつづけてきておりました。
たとえば、最近ではよくラジオを聞きます。 (中略) 私はこの番組を参考に、いくつか練習方法を考え出しました。そして、一日に最低一回はそれをやるようにしております。たとえば、とりあえず何もすることがないときには、身の回りに題材をとって、洒落を三つ作ってみます。あるいは、この練習方法の変形として、一時間ほどの間に起こった事柄について、やはり三つの洒落を作ってみたりもします。


これ、絶妙な伏線にもなっていて・・・おそるべしカズオ・イシグロ
いやぁ、面白かったです。五つ星!


土屋氏の訳者解説によると、ジョン・サザーランドの『現代小説38の謎―『ユリシーズ』から『ロリータ』まで』が本書を俎上に載せており、<スティーブンスが旅をした1956年はスエズ危機の年なのに、なぜ国際政治に関わってきた事を誇りとするスティーブンスがそれに触れていないのか>を解き明かしているらしいのですが・・・え~!ま、まさかねぇ・・・こっちも探してみよう!