読了本ストッカー:マージナルな文学世界へ。……『200X年文学の旅』

200X年文学の旅


柴田元幸沼野充義  作品社


2007/7/17読了。


アメリカ文学者の柴田元幸氏と、ロシア東欧文学者の沼野充義氏による「文学の旅」です。図書館で借りました。


本書はブックガイドというわけではないので、読みたい作品に貼ったポストイットの数は少ないんですが、かなり興味深い「文学の旅」でした。なんといっても柴田沼野両氏の交友関係がすごい。「世界文学」といえばとても遠い世界のことのように感じますが、世界的な作家や翻訳家たちとごく普通に接している姿にびっくりします。特に沼野氏の著述部分に出てくるペレストロイカ以前のソ連・東欧の文学状況は想像を絶するものですね。


面白そうに感じたのは、ヴィクトル・ペレーヴィン、ボリス・アクーニン辺り。ロシア文学に詳しい方にはものすごくメインな作家なのでしょうが・・・記述師は初めて聞く名ばかり。


テルミン電子音楽オデュッセイア」で語られる、開発者テルメンのエピソードが抜群です。レーニンの遺体を冷凍保存して、将来復活させようと試みたというのですから!しかもソビエト共産党は、実際に永久保存措置を施したレーニンの遺体を赤の広場にまつった(しかもスターリンが)、というエピソードにも驚かされます・・・。すごいなあ、ソビエト・・・。


「夢、ヤクザ映画、子供の目」における、柴田氏とバリー・ユアグロー氏の対談も興味深く読みました。ユアグローといえば、記述師が挫折した苦い思い出を持つ作家。たしか森博嗣氏のブックガイドで知って『一人の男が飛行機から飛び降りる』を単行本で買ったのでした。結果は・・・「ぜ、全然わからん」。海外文学が苦手になった原因なんだよなあ・・・(涙)。文庫もあることだし、改めて買ってみようかな。


さらに、ラストのシンポジウムが興味深かったです。「外国文学は“役に立つ”のか?」は柴田沼野両氏とドイツ文学者の池内紀氏、英語圏クレオール文学などの研究者中村和恵氏、さらに作家の堀江敏幸氏によるシンポジウムを収録したもの。
文学は必要か?作家固有の「ヴォイス」とは何か?翻訳することの意味とは?など、翻訳のスタイルの根源に関する話題でとても面白く読めました。
例えば、言葉の選び方ひとつとっても・・・



どちらを使うか基本的には、場合による、ということに尽きます。例えば、「シンブル」、裁縫のときに使う指ぬきみたいなものですが、日本の指ぬきは穴があいた指輪みたいな形で、シンブルは穴がなくて蓋みたいな形をしている。これを訳すとき、その文脈でシンブルが指を通すものなのか、それとも指に蓋をするようなものなのか、どちらでもよければ「指ぬき」にしちゃう。でも、それが日本の指ぬきと違う、シンブルであることが重要なら、シンブルと書いて、その形状がわかる言葉を訳文に組み込むか、場合によっては脚注をつけますね。(柴田氏)


また質問者も抱腹絶倒の質問をします。



外国文学を翻訳、研究する際、その言葉で育った人にしかわからない原書の微妙なニュアンスを酌み取る上でハンディがあると思うんですが、言語的他者の文学をあえて研究する意義は何なのでしょうか。日本人が日本文学ではなく、あえてドイツ語、フランス語、英語、ロシア語で書かれた文学を研究する、日本人でもドストエフスキーの研究家は多いと思いますが、それはロシア人のドストエフスキー研究家の成果を日本に輸入、翻訳して日本に知らしめるのとは違った意義を持ち得るのでしょうか。


なんていう「え?このメンバーにそんなこと聞いちゃうの?」的質問とか。
「翻訳によって原作のニュアンスが失われるのでは?」という根源的な問題にも各者色々な答えを出しているのでぜひご一読下さい。。「“亡命者”というどこかロマンティックな文学的キーワード」に惹かれるのではなく、海外文学も読もうという気持ちにさせられる一冊でした。


そんなこんなで、海外文学コーナーが良いと聞いていた啓文堂吉祥寺店を営業途中にちょっと拝見。すると・・・なんとヴィクトル・ペレーヴィンの『虫の生活 (群像社ライブラリー)』『眠れ―作品集「青い火影」〈1〉 (群像社ライブラリー)』『チャパーエフと空虚』、ボリス・アクーニンの『リヴァイアサン号殺人事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)』『アキレス将軍暗殺事件』『堕ちた天使―アザゼル』が面陳でミニフェア中(?)でした。タイムリーだなあ(記述師的に)。
同じく面陳中の『21世紀ドストエフスキーがやってくる』では、ボリス・アクーニン、ウラジーミル・ソローキンなど本書に出てきた作家たちのインタビューが掲載されていました。


シンポジウムでの柴田氏の発言が興味深かったので、『翻訳教室』の村上春樹氏の対談(柴田氏の講義に村上氏がゲストで登場します)を立ち読み(すみません・・・)。最近の海外文学コーナーは、平積みは韓流ドラマのノベライズのみという書店も多いので、久々に楽しめました。他の書店のコーナーものぞいてみよう。