読了本ストッカー:彼の心臓が、血液が、あらゆる細胞がその原子の深みから求めるのは、故郷、故郷!……『故郷から10000光年』

noimage故郷から10000光年 (ハヤカワ文庫SF)


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア  ハヤカワ文庫


2007/7/10読了。


ティプトリーは初体験です。
いや~やっぱり短編SFは面白いですね。時間も世界観もなんにも設定がわからない状態から読み始めて、だんだん内容が飲み込めてくる、それが快感です。



「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」
・・・早速、まったく解説のない短編です。異星人に恋い焦がれ、取り憑かれた人間たちの物語・・・悲惨です。


「雪はとけた、雪は消えた」
・・・いずことも知れない荒野で両腕のない少女と狼のチームが男に追跡される(わざと追跡させる)・・・。と言っても解説になりませんが。


「ヴィヴィアンの安息」
・・・アウトプラネット・ニューズの記者ケラーは、マッカーシー星に取材に訪れます。そこで出会ったヴィヴィアンの正体とは?


「愛しのママよ帰れ」
・・・奇想SFが続きましたが、ついにスタンダードな(?)ファーストコンタクトSFの登場です。



うちのオフィスはちょっと説明がむずかしい。CIAがラングリーの大きなビルにあるのはみなさんご存知だが、問題はそれが建った当初から、ビークル犬の小屋にグレートデーンを押しこむのと似たような状態だったことにある。グレートデーンのの大部分はなんとか押しこんだものの、こっちは犬小屋からはみだした足や尻尾だったわけだ。はっきりいえば、ただの支援組織――ジェイムズ・ボンドならせせら笑うだろう。


そんな組織に勤めるマックスは突然月に着陸し、さらに地球に降り立ったエイリアン・カペラ人――地球人そっくりの美女(ただしサイズは3メートル)の調査を開始します。



もしこれが歴史の記述なら、九日間の壮大なドラマをお話ししたいところだ。どれほど技術問題をかたづけ、どれほどドジの収拾に手をやいたことか。


でもほんの数行しか書かないところが素敵(笑)。ティプトリーってこんなユーモラスな作品も書くんですね。


ピューパはなんでも知っている」
・・・「愛しのママよ帰れ」に続く“マックスと愉快な仲間たち”シリーズ(?)。今回も“これはたんなる内幕話なので、歴史に残る事件のほうははしょることにしよう。”というわけで、異星人が来襲しますが、大統領とかはまったく出てきません。
今回は宇宙怪獣みたいな風貌の異星人が地球の周囲になぜか3つの宇宙爆弾を配置して去ってしまいます。次に訪れた異星人は・・・



身の丈四フィート、高級マーガリンの色をした生物の一団。ちょっと見には、関節のある黄色いよろいを着ているといった風で、まんなかで裂けたような変てこな格好のヘルメットをかぶっている。(中略)そして手をつなぎ、歌いはじめた。これが人類にとって、後日<白鳥の歌声>で知られるようになるものの初体験だった。ぼくには音楽のこぎりと大差なく聞こえたが、周知のとおり、これはみるまに世界を席巻した。あの耳をおおう流行ぶり!そう、十代のお子さん連中が見逃すはずはない。


「苦痛志向」
・・・痛みを感じない男“ノー・ペイン”は偵察船の生体管理装置“アマンダ”につながれて宇宙を放浪している(らしい)。すごい奇想です。ティプトリーすごいなあ。


「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」
・・・百万の惑星が参加する銀河連邦の“にかわ役”として経営される“レースワールド”。各惑星の競技生物たちが様々なレースを繰り広げています。その総務を統括するは“ソルテラ人”ピーター・クリスマス。ドタバタの連続で、これ、映画になると思います。スター・ウォーズの酒場シーンを思い描いていただければ(笑)。


「ドアたちがあいさつする男」
・・・SFというよりファンタジーでしょうか。



ぼくらは街角に来たところだった。わが高層アパートの友人は小銭を選り分けている。五十セント貨をつまみだすと、手を高く上げ、れんが壁のでっぱりに置いた。
「先週借りてね」通りをわたりながら、男は説明した。
「誰がビルに金を残してくんだい?」
「さあ、誰ときかれてもなあ。のっぽ用の銀行さ。綴りの中にrが二つある通りはそうなっているね。便利だぜ」
一分ほど考えこんでいた。「ちび用の銀行ってのはないのかな」


これとてもいいなあ(笑)。このネタだけで一つ短編かけそうだ。子どもの頃、石垣の隙間のコンクリはがして中にキン消しとか隠したり、友達と手紙やりとりしたりさたの思い出すなあ。キン消し無くなって、誰かにばれたんじゃないかと思ったり・・・。


「故郷へ歩いた男」
・・・これが読みたくて本書を買いました。“零日(デイ・ゼロ)”と呼ばれる大破壊後、その爆心地に一年に一回だけ現れる“怪物”の正体とは?いやぁ、すごいなあ。ちょっと泣きそうになりました。


「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」
・・・コメディと見せかけて・・・まぁコメディか。これ書いちゃうとネタばらしになるな。


スイミング・プールが干上がるころ待ってるぜ」
・・・解説によると“文化汚染をちくりと諷刺したコメディ”。



「ねえ諸君。きみたちのやってることはだね、それはもう――あのさ、悪くとらないでくれ、要するに、よくないことなんだ。時代遅れ、ほんとだぜ。きみたちの文化的アイデンティティを侮辱する気はないけど、この戦争騒ぎはいずれやめるんだから――つまり、研究から明らかなんだ――だったら、いまやめないか?」


何をされてもヘコタレない主人公キャマリングの前向きさ加減がムカつきます(笑)。


「大きいけれども遊び好き」
・・・小林泰三の傑作SF『ΑΩ』を思い出しました。まさに“寓話”。ラストのサン・バードゥー研究所のミッチェル博士のエピソードは鳥肌ものです。


「セールスマンの誕生」
・・・「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」に続いて記述師映画化推奨のノンストッブコメディです。T・ベネディクトは“XCGC”、つまり“異性文化形態避険局(ゼノ・カルチュラル・ゲシュタルト・クリアランス)”の局長(たぶん)です。その仕事はというと・・・



「何を輸出するんです?単分子塗被ベアリング?(中略)球形?なるほど、そいつをデネブ星区に送りこみたいと・・・デネブ・ガンマ転送ポイントを通過するんですな?・・・つまりね、いいですか、そこを通過するしかないんです、そのうちわかります。で、超空間を抜けて、あなたの球形貨物が転がりでたとたん、ガンマ基地のクルー全員がぺたんとえらぶたを下ろしてすわり、触腕一本動かさなくなる。ガンマでは、球というのは信仰の対象だからですよ。(中略)そういった混乱を防止するためにも、こちらであなたの包装モデルを監査することが必要なわけです」


というわけ。すでに面白さムンムンです。
ちなみにベネディクトが毒づくときは“オーマイガッ”ではなく“ゴーダマ・B・ブッダ!”です(笑)


「マザー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」
・・・宇宙空間安全調査員であるゴレムはコロニス相互保険に雇われている身。世界は“火星の巨大分子類に目をつけた人間が、その代謝機能につけこんで宇宙空間を飼いなら”している、つまり“植物的サイバーパンク”とでもいった世界観。宇宙船も住居も植物的です。
そんななか、古き良きロックを愛するゴレム。



ラグナロク>だ!時がふるえ、過去がぎらぎらと画面上によみがえった。目を一度だけそちらに向ける。
大いなる金色の船体が、ダイアモンドでふちどられ、ちっぽけな太陽を背にして暗黒の空に浮かんでいた。
最後のアルゴー船、史上もっとも孤独な幌馬車(コネストーガ)、<ラグナロク>。
長大で、誇り高く、ぶざまな――人類を宇宙に送りだした粗雑なテクノロジーの集約であるスター・マシーン。土星とその彼方への道を拓いた船。神々に向かってふりあげた人間のこぶし。いまそれは死んだ抜け殻と化し、おのれの征服した大海に呑みこまれている。
忘れずに訪ねてくるのは、もう妖怪ゴレムだけだ。


「ビームしておくれ、ふるさとへ」
・・・解説にも書かれていますが、この痛いほどの“望郷”の念はどこからくるのか?ティプトリーの最期を考えると。


それにしてもタイトルからはまったく内容が想像できない短編が多すぎる・・・。読んでもこのタイトルの意味はなに?!ってのばかりです。訳者である伊藤典夫氏の親切解説には出典などが書かれていますが・・・それでもわからない(だめだな・・・)。


ティプトリーといえば、なんとなく陰鬱な作品を書いているイメージだったのですが、「愛しのママよ帰れ」「ピューパはなんでも知っている」「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」「セールスマンの誕生」などのノンストッブコメディ系列の作品もあることが驚きでした。“晩年の、救いのない、暗い作品”ってやつを読むべきか・・・。